「So What」~だからなんなんだ!ただ信じて走ってみよう

こんにちは
東京主信仰教会のなおこです。
先週新宿伊勢丹に行ったんですけれども、ハロウィンが終わったと思ったら、その瞬間からクリスマスが始まる東京のすごさを感じました。クリスマスが終わったらその瞬間に年末年始が始まるんですよね。

So What

さて、最近私が小出しに、かつあからさまににおわせているアイドルグループがいます。6月のファンミで「So What」という曲を知り、ちょっと面白い歌だなと思っていましたが、9月10月の御言葉の中でも同じ単語が出てきて、とどめに10月のコンサートでもこの曲がセトリに入っていたのでブログに書いちゃいます。

Somebody call me right one(誰かが僕を愚かだといい)
Somebody call me wrong(また誰かは間違っているという)
난 신경 쓰지 않을래(僕は気にしないんだ)
너도 그럼 어때(君もそうすればいいんじゃない)
So what(だから何だ)
Let go(放っておけ)

防弾少年団「So What」より

10月のオンラインコンサートでこの曲を歌う前に、ボーカルの一人とメンバーが次のようなやり取りをしていました。「最近、僕は不満がたまっているんだ」(他のメンバーが「なに?」と促して)「僕のことをあまり好きじゃない人に話したいことがある」「어쩌라고(どうしたらいいんだーーーーーー!)」といって「So What」を歌いだすというもの。
有名人だけあって、いろいろ騒がれていますが、個人的にはかわいらしくもあり、そのやり取りはスッキリしましたね。

なんで関係のない人がいろいろ言ってくるんだろう

生きていく中で、周りの意見に影響を受けるのは誰でもあるのかもしれませんが、特に日本人はその影響を大きく見てしまいがちになる部分はありますよね。気に食わないんだったら放っておいてくれればいいのに、どうして批判してきたり、攻撃してきたりする人がいるんでしょう。しかも、さも私のためを本気で思っていっている体(てい)でくるから、私はそれをついうのみにしちゃって余計に苦しくなったりするんですよね。ドツボにハマってしまったときに目覚ましてくれる存在は、とても大切にしなければ!
人間生きている中で心配悩みは尽きないもので、それは神様を信じていようと、神様に愛されていようとみんな同じです。こんな芸能人でもない私にですらいろいろ言ってくる人たちがいるわけで、もっと立場がある人なんて、私の比じゃないと思うんですよね。

あるときチョウン牧師が主日の説教をする日がありました。若く、しかも女性ということもあり、(牧師先生からの指示であるにもかかわらず)壇上に立って話すときも含め、周りからいろんなことを言われたことが多い方です。もちろん周りから言われることからくる葛藤もあると思いますし、自分を振り返って自分のなかでの悩みと戦うことも多いと思うんですよね。(なおこの推測)
神様の御心のために、みんなが神様の愛を受けられるようにと奔走するなかで、内外からいろいろ言われて大変だったときに、自分のなかに神様からくる「力」のようなものを感じたそうです。それがものすごい力に感じたそうで、「ほかのものは何でもいい、何を言われてもかまわない、神様のときの影響だけを受けて、神様だけを考えていこう」と決心したときのことを話し、こう続けていらっしゃいました。

私、英語が母語ではありません。韓国語が母語です。ですが、この時に英語が思い浮かびました。一言が思い浮かびました。「これはあれ、あれはあれ。力を奪われる状況はあまりにも多い。これはあれ、あれはあれって、本当に多い。できない状況がめちゃくちゃ多い。でも、一つ、この英単語が思い浮かびました。So what?ちょっと生意気な感じもするけれども、「だから、何?」と。「だから、何だと言うんだよ」と。韓国語、長いですよね。だから、何だと言うんだ。長いから一言、あれこれ。So what?「だから、何?」と。もう一つ思い浮かびました。“It’s not a big deal. It’s not a big deal.” それは私にとってものすごいことではない。何でこれが英語で思い浮かんだのかな。最近中高生たちに英語を教えているからかな。そうかもしれない。
「だから、何だと言うのか。私はやる。それは、私にとってものすごいことではない。」ものすごいことは、今、復活の時だということ。それが、私にとってものすごいことでした。「私も生きて、主も生きた。これは神様の歴史だ。私が確認した歴史だし、証明してきたし、証してきたから、私は『もっと力強く進める歴史だ』ということをもっとはっきり証しなきゃ」と思いました。

20210912主日礼拝より

そして思春期真っただ中の中高生に対してこう続けられました。

中高生たち、復活の時だからといって、成績が上がりましたか。模擬試験、よくできましたか。平素の実力通り。平素の実力通り。ほとんどもう同じです。(……)お母さんの料理の実力、(……)急によくはなりません。そうですよね。
周りは同じです。復活の時も時は時だけれども、同じです。So what?だから、何?(……)人々は同じ。給料同じ。全部そのまま。
(中略)
急に世の中が変わる?世の中は同じです。私たちが時に出会ったから、時を迎えたから、御力が、祝福が来ます。そうしたら、主と共に、一緒に予定された御心を成してもう一度自分自身を変え、この神様の歴史をもっとよく変え、理想的に変え、世の中をもっと完全に変えていくことが私たちがすべきことです。

20210912主日礼拝より

神様を信じているからといって、教会に通うようになったからといって、瞬時に世界がバラ色に変わるわけではない。神様がどんなに祝福してくださったとしても、自分が行動しなければ何も起こらない。
いろいろある。生きているからいろいろあるんだけど、だから何!?私がやるべきことをやるんだ!

先週、中高生たちは御言葉、よく聞きましたよね?覚えている?「どんなことがあっても、何があっても」、覚えているよね?みんな。どんなことがあっても、何があっても、今は本当に違う。本当に違う。誰かが私たちの教会に対してちょっかいを出す。主に、教会の人たちにちょっかいを出す。手を出す。「誰が手を出すのか」と。過去10年間の時とは、また全然違う、この、これ、何と言えばいいのか。どこから来る力だろうと。
みなさん、これを1週間感じてください、今回。「So What?だから、何だ?」というような心が。今は患難の時ではないということを、正確に悟らせてくださいました。これから個人の患難もあるだろうし、家庭に困難もあるだろうし、教会の中からくる困難もまたあるかもしれません。ですが、これは患難の時とは違います。復活の時です。「生きている中で生じることだ。」この精神を神様が入れてくださいました、聖霊と共に。どんなことがあっても、どんな困難があっても、誰が止めても、どんなことが生じても、この通りに行く。この通りに突き進める。復活の時だ。復活の喜びは、誰も奪うことができない。復活の喜びを満喫している時に喜び、天に訴えるべきことは訴えるけれども、復活の喜びを持って行く。「困難、患難、来い。来るならば来い。どうするつもりだ。お前がどうやって神様の壮大な歴史を倒すことができるだろうか。今は復活の時だ。(……)いくらお前らがやってきても、これはできない。お前は今から、お前のことは患難とは言わない。困難とも言わない。お前はただ単に生きている中で生じることだ」という精神が強力に入ってくるようになりました。

20211003主日礼拝より

そう、生きているから大変なこともある、それだけ。そうシンプルに考えられるようになりたいです。大きなことをするから大きな壁が来ているだけなんだ。人が羨む立場になったから言ってくることなんだ。愛を持って言ってくれていることなのか、その人が足りない部分を発散して攻撃してきているのか、見分けて賢く生きていかなきゃ。

こばなし

ちなみに、この「So What」、コンサル業界では常識のフレームワークらしく、仕事中にもこの単語がよく使用されるそうです。私が新入生のころからよく知る先輩とご飯食べに行ったときに、たまらなくなってその話題を出したときに、「(御言葉聞いている途中にその単語が出てきて)逆に私はビクッとしたよ」と言われました。
あら。

頑張っている人へ

AからBにしたいときに、もちろんAからすぐにBにできたらいいけれども、それが難しいからAをaにいったん変えてBにすることもあるじゃないですか。途中のaでいるときに「なんですぐにBにしないんだ」といわれると、「私もaのままでいいとは思っていませんよ!最後まで見ててよ!」と思いますよね。

最近よく言っていること、“So what? ”と言っていますよね、「だから何だ?」と。「だから何だと言うの?私は、この道を行く。自信を持って行く。」これが私たちの方向です。この小さい塊を丈夫に作って、この人たちを連れて、これからの復活の歴史を引っ張っていきますし、今も導いていっています。

20211107中高生に向けての主日礼拝より

またも主日説教の中で出てきました、「So What」。外野がいろいろといってきたとしても、信じるのはただ神様、信じるのは神様が働かれる自分。

「悪口言われたらどうしましょう?」と言われるならば、「So what?」と言って。神様は「心配するな」とおっしゃいました。神様がおっしゃいました、「私たちは必ずよくなり、栄える」と。今現在のことだけを思って言うのではなくて、現在全て言えないことも、今、進行中です。神様が今、私たちを組み立て直して、改革すべきところは改革して、もっと雄大に歴史を証をすることができるように造ってくださっている過程です。この過程にどんなことが起こるかは分かりません。

20211031中高生に向けての主日礼拝より

答えのない悩みの中でいつまでもとどまっていないで
笑い騒ぎながら風を切って
時には馬鹿みたいに走り抜けばいいじゃない
誰かに何かを言われたって、だから何だ!
そんなのは放っておいて、ただ神様により頼みながら、神様と愛し合いながら人生を走っていこう!
ただひたすら、神様が祝福してくださる道を!

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