信仰の友

社会人として日々奮闘している、まりあです。
突然ですが、人と人との関わり方って、千差万別ですよね。
家族だったり、友人だったり、仕事仲間だったり。
その距離感も、繋がり方も人それぞれで。
世界には、他にもいろんな「関係性」がある中で、
私が最も好きで、尊いなと思うものがあります。
それが、「信仰の友」です。
他にあまり類を見ない、
強くて、やさしくて、
静かで、しつこくない。
私にとって、唯一無二の関係性です。
私は元々カトリック教会に通っていて、その後、今の教会に移ってきましたが、
改めて知った「信仰の友」との関係性を、
一つのエピソードからお話ししたいと思います。
この教会には、信徒同士がペアになって祈る文化があります。
同性同士で、大体同じ世代の人と祈ることが多いのですが、
これが本当に、とても良いのです。
大学生の頃、私は他大学の友人と期間を決めて、毎日一緒に祈っていました。
「明日は何時がいい?」とLINEして、
時間になったら、
「いけそう? かけるねー!」と電話をつなぐ。
まず片方が祈り、「続けて祈ります」
と、もう片方が祈り始める。
それぞれが自分の祈りを捧げながら、
最後に、相手のこともさりげなくひとこと祈る。
互いに無理に励ますわけでも、
何かを解決してあげるわけでもありません。
ただ、お互いがお互いを想いながら祈り、
同じ時間に、同じ神様へ心を向ける。
それを毎日繰り返していると、不思議なことが起こります。
相手がどれだけ真剣に神様に向き合っているのか。
何を願い、何にもがき、何を乗り越えようとしているのか。
説明されなくても、少しずつ深いところで知るようになるのです。
だからといって、
毎回それについてコメントしたり、過度に褒めたり慰めたりするわけではありません。
でも、ふとした日に、
二人で祈っていたことが叶ったりすると、
「ねえ、あの時祈ってたこと、叶ったよ!」
と嬉しくなってLINEをする。
そんな瞬間に私は、
神様と自分との1対1の関係が、横にも広がっていくような喜びを感じます。
そうして、ありのままをさらけ出して祈り合った友とは、不思議なくらい深い信頼で結ばれています。
会う頻度が少なくても。
長い間会っていなくても。
久しぶりに会って話し始めると、
一気に深いところまで一緒に潜って、
昨日まで話していたかのように続きを話せる。
私はそれまで、こういう人との繋がり方を知りませんでした。
だから、「人と人は、こんなふうにも繋がれるんだ」と知れたこと、それは私にとって大きな財産ですし、これから生きる上での希望でもあります。
これから年を重ね、信仰を深めていく中で、
もっと深い言葉を知り、
もっと深く祈り、
共に信仰を深め合える、友なる関係性を、少しずつ築いていけたら。
そんなふうに思っています。
※画像は生成AIを使って作成しています。
