人にお祈りしてもらうということの喜びというか嬉しさというか

こんにちは
東京主信仰教会のなおこです。
最近お祈りをしてもらって、あとを引くくらい嬉しかったのでその話をしたいと思います。

信仰者の醍醐味の一つ、お祈り

祈り:神や仏の名を呼び、幸いを請い願うこと(「広辞苑」より)

神様を信じる人にとって、お祈りは必須なものです。
祈ることによって神様の愛を感じます。祈ることで、つまり神様と対話することで、自分の心が整理され、自分を顧みることができるようになります。祈ることで、自分の願っていたことを得るために必要なものに気づかせてくださいます。祈ることで、自分が犯してしまった悪いことを神様に告げて、赦しを願います。祈ることで自分が気付かないところで自分に降りかかる災いから逃れられるように、たくさんの天使たちを神様が配置してくださいます(←神様の働きに気づかず、感謝しないパターン)。祈ることで、大変な目にあったときに、最悪の状態から抜け出られるように、たくさんの天使たちを神様が配置してくださいます(←神様の働きをめちゃめちゃ感じて、感謝しまくるパターン)。祈ることによって神様に願い求めたことが、自分の生活の中で現れるととても嬉しく思います。だいたい自分が願い求めた以上のことが起こるので、神様の全知全能さを感じます。

また、よく言っておく。もしあなたがたのうちのふたりが、どんな願い事についても地上で心を合わせるなら、天にいますわたしの父はそれをかなえて下さるであろう。 ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである」。

マタイによる福音書18章19-20節

祈り。一人で祈るときにももちろん神様は働きかけてくださいますが、複数で祈るときにより強く働きかけてくださいます。なので、自分一人だけの祈りでは不安なときや、足りなさそうと感じるときには「祈ってください」とお願いすることもあります。

神様なんて、いないぜyeah(ラップ風に読んでください)

お祈りとはちょっと違うかもしれませんが、少し面白い話を主日説教中にチョウン牧師がおっしゃっていたので引用しますね。あるとき、チョウン牧師が無神論者に会ったときの話です。チョウンさんが牧師であると知って、神様がいないという根拠を主張して論破してこようとする人がいたそうです。2000年前、イエス様のところに討論しにきた人たち(パリサイ人たち)って、そもそもイエス様の話を聞きたいと思って討論しにきたわけではなくて、最初からつぶしてやろうと狙ってきている人たちでしたよね。そういう人たちとは討論するなということを以前聞いていたので放っておこうとしたのですが、あまりにも話にならないことを言って話しかけてくるので、チョウン牧師がこのように返したそうです。

△「あなたは、これから『神様がいない、いない』と数億回も話して、『神様が助けてくれなくてもいい。神様がいないから、助けるな、助けるなと』。そういうふうに言いなさい」、
と言ったら、
▲「そういうふうに言わないでください」
△「何で嫌がるの?神様がいないと言うならば、いない、いない、いない、いない。」
ラッパーみたいに続けて言いました。
△「神様はいない、いない、いない。だから、助けられなくてもいい。助けてもらわなくてもいい。助けるな。お前の人生とは関係ない。お前の人生から神様が抜けろ」
と言ったらすごく嫌がったのです。何で嫌がるのでしょうか?「神様はいない」と言った人が。いないと言うならば、神様が自分のことを助けてくれないと言うならば、関係ないならば、「神様が助けてくれなくていいです」と言って生きればいいのではないのですか?でも、その言葉は嫌だと言っていました。

20211017中高生向けの主日説教より

不思議ですよね。神様はいない!いない!と自分から言ってきて、相手にも強要までする人なのに、いざ「あなたに神様が働きかけないように」と言われると不安感や不快感が出るのか「そこまで言わないでください」というなんて。
幼いころから信仰を持っていた牧師さんが言っていたのですが、どんなに神様を信じていないというような人だとしても、ある程度親しくなって、相手の人のために祈ってあげるととても喜んでくれるそうです。
人間は神様が創造された存在なので、やはり神様とつながることで心が、霊が喜ぶのだと私は思っています。

お祈りをしてもらって

ということで、今月、ある人にお祈りをしてもらいました。とても親しくさせてもらっている牧師さんで、いつも気にかけてくださっている方です。
外国人なのですが、日本語もペラペラで、「お祈りしてあげるね」と言われたときに、日本語でお祈りしてもらう気満々だったのですが、「なおこちゃん、まだ(語学)勉強しているよね?」といって、その牧師さんの母国語でお祈り始められてしまいました。まだ勉強していますよ!という見栄もあって、「いや、日本語でお祈りお願いします」と言えなかったなおこでした。聞き取れるかしらと不安満点だったのですが、ゆっくりと発音してくださり、そのお祈りの前に少し対話した中で悩んでいることを話していたので、その単語が出てきたら、このことをお祈りしてくださっているんだな、と単語をつなぎながら聞いていました。正直60~70%の聞き取りだったと思うのですが、そのお祈りに神様の愛とその牧師さんの愛を感じたんですよね。
あ、今でも文章書いていて思い出し泣きしちゃいそう。涙出てきた。
とくにお祈りの後半、「なおこちゃんが~」「なおこちゃんの~」と私の名前がたくさん出てきて、お祈りされてるぅぅぅぅぅーーーと愛を感じました。

言霊

あなたがたが言うように、万軍の神、主はあなたがたとともにおられる。

アモス書5章14節

あなたの言葉のように、あなたが接する通りに、あなたが信じる通りに神様が共にする。神様が「あなたの言葉のようにしてあげる。」とおっしゃいます。
だから、よく牧師先生はこうおっしゃいます。「普段、口に気をつけなさい」と。『信じない!』とか、『もういい、教会来ない!』とか、そういうことは絶対に言うなと牧師先生はおっしゃいます。私の口から出てくるその言葉を、神様が聞いていらっしゃるのです。だから、口に気をつけなさいと言われました。

さぁ、どんなことを神様にお祈りしますか?

11月も半ば

先ほどの牧師さんとの対話もそうですが、今月は神様が私に大きなプレゼントをくださる予定なんです。秘密になっていないけれども、ヒミツです。くふふ!!!
ちょっとテンションおかしくなっていますが、許してください。
ひとまずそれに向けていろいろ準備して、プレゼントをちゃんと受けられるようにしようと思います。

今日も最後まで読んでくださってありがとうございました!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です